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「考える子ども」№256 

   「『総合的な学習』の導入をひかえて-子どもの『願い』から学ぶ-」

 そもそも、「授業研究」とは多かれ少なかれ、日々日常的に意識的・無意識的に行われているものである。
 「授業研究」で検討されるべきことは何かというと、粗く言ってそれは「教材研究(解釈や教師の願い)」と「子ども理解」に分けられる。この両者の関係が、いかに円滑に教師の「押し付け」にならないように、また子どもの「願い」に即するように配慮をしながは授業(学習)を進める研究を続けている。
 今日、「総合的な学習の時間」の導入をめぐって、この時間の在り方を含め、教材が先か子どもが先かという議論もなされている。
 しかし、新学習指導要領によれば、「総合的な学習」は、子どもたちによる自由な学習活動を保障する時間であると解釈できる。
 すなわち、極端に言えば、教師の「願い」は必要ではなく、子どもたちの「願い」にウエイトを置いた学習活動が展開されなければならないわけである。
 自由な学習活動を保障する中で、それぞれの子どもたちの「願い」を実現させていくための支援を教師が行うべきなのである。従来から言われ続けていた「自己教育力」だとか「問題解決能力」という「学力」を身につけさせることこそが、教師の「願い」や「ねらい」になるべきなのである。
 また、教科と「総合的な学習」は並行に位置するものではなく、互いに密接に関わり合うものである。よって、教科は教科、総合は総合と割り切って考えるのは間違いである。本来、どの教科においても「総合的」に取り組んでいく必要がある。そうでなければ、「総合的な学習」を導入する価値がないのではないのだろうか。
 これからの学習を支えるものとして、現在積み重ねてきているものの一つが「朝の会」である。「朝の会」での子どもたちのお話や考え方から、学習の基盤になるものを培っていきたいと思い続けている。
 「朝の会」が「子どもたちの願いを語り合う場」として位置づく可能性があるのならば、「総合的な学習」へと発展していく可能性もまた十分にあるのではないだろうか。

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