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久しぶりに・・・  

 ゆったりと土・日曜日を過ごしました。
 前日の金曜日は、中学年の先生方と今週の水曜日にある校内授業研の学習についていろいろ話をしながら10時過ぎまで学校にいました。
 翌日、土曜日はいつもより遅い起床。
 何ヶ月ぶりかの洗車をしました。ここのところのいくつかの台風の雨風でとことん汚れていたので気になっていました。
 日曜日は午後から出勤。たまっていた雑務を片付け、石川英志先生からいただいた講演会資料をじっくり読み返しました。

その中で、印象に残った文章
↓ ↓ ↓
■授業は教科として準備された目標に教師と子どもを向かわせる手段やプロセスにとどまらない奥深さ微妙さを帯びた豊かな可能性をもっている。その可能性は、聴き合い、語り合い、学び合う営みのなかに生まれてくる。
■「(正解にたどりつくには)どうやればいいのか」「先生は何を求めているのだろうか」という意識が支配する授業や学びから、「なぜそうなければならないのか」という問いかけがあり、「べつの可能性を自分なりにためしてみよう」という探究を大切にする学びへ。
■「見つける」「気づく」営みを日常的に続ける…朝の会や帰りの会を使って、「今日朝学校にくるときに見つけたこと」「昨日のテレビニュース(あるいは今日の新聞)から見つけたこと」などを数分単位で実践し、見つけることに敏感になりたい。毎日のことなので、教師はその間、ほかの仕事をしながら片手間に聴くのではなく、子どもどうしの井戸端会議(雑談)にしっかり耳を傾けたい。(今あらためて朝の会での友だちの話を聴き合う時間を大切にし、そのなかで、耳の大きな教師、耳の大きな子どもを目指したい)
■授業の基本は、子どもの動きを全部自分で受け止めないと気がすまないというのではなく、周りの子どもたちがどう受け止めているか、ある子どもの発言について他の子どもがどう判断し、どんな意味合いを掘り起こしてくれるか、さらにそこにどんな新たな意味合いを加えてくれるかに気を配りたい。(耳の大きな子ども、耳の大きな教師こそ授業づくりの基本)
■子どもと子どもをつなぐ役割に自分を置くように努める。「OO君が……といったけど、みんなはどう思う」。一方、簡単に「ほかに……」を連発しない。予想もしなかった生徒の動きが出てきたとき、あわてない。むしろ教師が興味深く耳を傾け聴くように努める。「話し合いは聴き合い」
■「わかった」という意識以上に、「納得できない」「わからない」といった意識こそ、みんなのなかで大切なことということを広めたい。(簡単に「わかった」というのはわかったことではない)「わかる」ことから「わかる」ことへという筋道よりも、「わからなさ」から「わからなさ」へという筋道こそ、学びの筋道。わかろうと努めてわかってきたら、また新たなわからなさが向こうから立ち上がってきたという展開。
■授業のプロセスのなかで、子どもが認識をどう深めたか、いかなる知識を獲得したかといった視点だけでなく、子どもが授業のなかでどう生きているか、仲間との関わりのなかで居場所をどう求め、築いているかという視点をいつも心にとめて、この子にとってこの授業の意味を探り、それをめぐって教師どうしで雑談したい(雑談のできる学校)。
■発言がしっかりできたかどうかとか、調べた内容の深さとか、発表の進行のようすに目を向けるだけでなく、友だちの意見を聴いて、それにどう関わろうとしているか、自分とどうつなげようとしているか、その動きに注目したい。

 かみしめるように、じっくりと自分の中で消化できるようにしていきたいと思っています。

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