FC2ブログ

学習研究発表会(奈良女子大学附属小) 

P1001070.jpg  P1001074.jpg  P1001071.jpg
 8:00~ 宿泊先を出発。30分あまりで奈良女子大学附属小学校に到着。本校からも5名の先生方が参加されました。
 平成24年度学習研究発表会に参加しました。主題は、「自律的に学ぶ子どもを育てる『奈良の学習法』~学び合いによって思考を深める~」です。
 3年「朝の会」「けいこ(金属と磁石)」、6年「けいこ(海の命)」を参観しました。その後、公開学習にかかわる研究協議会に参加。
 毎回のことながら、奈良の学習法に基づいたお子たちの活動、それを看取る先生方の対応は勉強になります。相互学習に至るまでの独自学習をどのように取り組んでいくかがこれからの課題の一つになります。
 最後に守屋淳先生(北海道大学)が「明日への希望-学ぶ主体の子どもを育てる-」という演題で講演をされました。以下、配布された資料より。


1.奈良女の「わからなさ」と不思議な魅力
 ・子供たちの学ぶ姿。子どもたちだけでどんどん学習を進める。

2.教育観(学習観)の転換を
 ・「どう教えるか」ではなく、「子どもたちの学びをどう支えるか」
 ・一人ひとりの子どもの学びと育ちに責任を持つ
 *鯨岡峻2011「子どもは育てられて育つ」(慶応義塾大学出版会)
 「子どもを育てる立場の多くの人は、「育てる」ということの根本を見失って、ひたすら何かを教えて力をつけることが育てることだと錯覚し、これができた、これがまだできないと、育ちの結果ばかりを問題視して、主体としての子どもの内面の育ちに目を向けなくなってしまったように見えます」 
 「大人たちの昨今の『育てる』営みは、(中略)『育てる』営みに一生懸命に携わっているように見える人たちでさえ、主体としての子どもの思いを受け止める前に、子どもの発達に必要だと思うことを子どもたちに次々に『させ』たり、課題を『与え』たりして、その大人主導の過剰な働きかけを『育てる』営みだと錯覚していることが多い。その結果、主体としての育ちにゆがみが生じている」
 *大正14年職員会議録(「わが校百年の教育」より)
 「文部大臣の耳に入っていることは極めて浅薄なものである」
 ・新しいことをやって人の目を引こうとしている。
 ・自由教育は千葉などではうまく行っていない。
 ・附小でやることはある特殊な人だけ出来ることであってはならぬ。
 ・家庭の仕事を多くして、教師が楽をするのではないか。
 ・劣等生がいっそう劣等になりはせぬか。
 ・児童が研究などできるものではない。
 ・教師の手が届かぬから間違いを覚えてしまう。
 *東大の吉田熊次博士
 「環境による学習なんて、そんなものは動物的学習だ。小さい子どもに自学なんてできるものか、それは少なくとも5、6の上学年において望みうることだ。奈良では教師を環境だと言いきっておるが、おかしなことだ」

3.「子どもが学ぶ主体である」ことの意味
 ・「民主的な主体」(=民主主義の担い手)を育てる。「教え子を再び戦場に送るな」
 ・「やり方」ではない。子どももパターンを習得してそれに合わせる、それでできているつもりにならないこと。
 ・一人ひとりが自立した学習者であり、しかも学びあい、支え合う関係。

4.教師のあり方を考える
 ・子どもとともにいることを喜ぶ。C.R.Rogersの“unconditional positive regard”(無条件の肯定的関心)
 ・探求し、学び続ける教師

5.生きるとは? 学ぶとは? 私たちはどんな社会を生きたいのか
 ・効率主義、個人主義、競争主義、経済成長至上主義・・・そんな社会を望んでいますか?
 ・生きているって、ワクワクしたり、ドキドキしたり、がっかりしたり、腹立ったり、損したり、無駄だったり・・・
 ・学校の中、教室の中に、まともな社会を作りましょう。教師にはそれができる。子どもという味方がついている。

終わりに
 ・ケーテ・コルヴィッツ(1867-1945)
 「種を粉に挽いてはならない」(1941)リトグラフ

 卒業式まであと32日

教育ブログランキング
FC2 Blog Ranking
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://seosen.blog78.fc2.com/tb.php/3209-ff1fa7a8