FC2ブログ

三重(その②)  



 9:00に宿泊先を出発して、伊賀上野をめざしました。
 伊勢自動車道⇒名阪国道を経由するのが、時間短縮だったのですが、伊賀街道を通り長野峠越えで行くことにしました。
 山道を走ること1時間30分あまり・・・上野公園に到着しました。 伊賀上野ということで、もう少し山間部の町を想像していたのですが、上野公園のある場所は伊賀市役所の北側でまさに中心部でした。
 まず、「だんじり会館」に入りました。ここは重要無形民俗文化財に指定されているところで、館内にはだんじり3基と歴史的な上野城下の町並みを鬼行列が練り歩く様子が再現されていました。
FI2620613_2E[1].jpg

 その後、上野公園の一番北の端にある「伊賀上野城」に登閣しました。パンフレットの沿革に次のように書かれています。
 『・・・・・天正13(1585)年、伊賀の国を領した筒井定次が三層の天守を築き、北に表門を構えた。豊臣秀吉の没後、徳川家康が関ヶ原の戦いに勝ち、豊臣政権の継承者としての地位を確立するに及んで、慶長13(1608)年、定次を失政を理由に改易、藤堂高虎が伊賀・伊勢の城主として伊予今治城から移り、自ら縄張りを指図、本丸を30mの高石垣で囲み、筒井故城を大拡張、しかし竣工直前の五層大天守は、慶長17(1612)年9月2日の暴風雨で倒壊、そのうち大阪夏の陣で豊臣方が滅亡したので城普請は中止され、城代家老が執政することとなった。・・・・・』
FI2620613_3E[1].jpg

 その次に、「伊賀流忍者博物館」に入館しました。中は、忍者屋敷・忍者体験館・忍者伝承館の3つの部分に分かれていました。忍者の住まいのカラクリの紹介、実際に使用されていた忍具の展示、忍者の暮らしや知恵などなど・・・・・。大人でも興味深く楽しむことができました。
FI2620613_4E[1].jpg

 最後に、「芭蕉翁記念館」を見学しました。内部には芭蕉の遺墨、文献、弟子たちの俳画、さらに近世から現代までの連歌、俳諧にまつわる資料が展示してあります。伊賀上野で生誕した芭蕉と三重との関わりを見ることもできます。
 その後、上野公園をあとにして少し遅い昼食。伊賀上野で戦後一番最初にできた洋食屋「グリルストーク」で伊賀肉のランチをいただきました。
 今回は早目の帰りです。18:00過ぎに自宅に到着。2日間の全走行距離は、633kmになりました。

関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://seosen.blog78.fc2.com/tb.php/841-25e1793c